霧の中に咲く
紫陽花をみると想い出すあの人(以下A:前記事参照のこと)。
Aとの想い出は甘く、苦いものだった。
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夏の暑い日、私達はとある公園の中にある、多くの蓮の葉が広がる池の周りをゆっくりと歩いていた。そこで談笑する人々、飛び交う水鳥、照る日の光、そういったものが形成する独特な穏やかな風が私たちを包んでいた。
池に沿って歩き、お互いが好きだと知っていた博物館に向かった。私よりも深い知性を持つAと行けば、きっといつもより楽しい旅になるだろう。私はそう思っていた。
博物館に着いた。そこでは大きな鯨が我々を出迎えてくれた。
様々な生物の剥製や化石、標本、顕微鏡や望遠鏡などの旧い機械のレプリカが展示されており、Aが好きだったのは生き物の展示の中でも蟲の空間だった。
そこには日本各地に生息する蝶やかぶとむし、くわがた、玉虫などが展示されていて、Aの雰囲気が少し上向きになったのが分かった。
私は蟲は苦手ではあったが標本であるし、何よりAが楽しんでいる姿をみていると、私自身も楽しくあれた。
私は古代の生物が展示されているブースが好きで、Aと共にそこへ向かった。そこでは、大昔の巨大な魚や鉱石などが展示されている。
全体的に照明が暗く静かで、落ち着くことができるそこの空気が、私は好きだった。
Aも嫌いではないらしく、共に巨大な大木の年輪をみて圧倒されたり大きな角を持った古代の鹿の骨格標本を見上げるなどした。
少々歩き疲れた私たちは近くのベンチに座り、お互いの事を話した。たくさん話した。
深海を連想させるような明るくない照明の空間、どうしようもなくそこは2人だけの空間だった。他に客はほとんどいない。
交わす言葉が増える度に、私達に心というものがあるのなら、その距離が近付いてくような感覚を、産まれてから初めて私は実感した。
それでも私達2人の距離は数センチ程度しか、近づけなかったのかもしれない。
そうして、また歩き出した。