Garden of Lapis Lazuli

刹那的生命の備忘録

初恋はよく聞くのに初愛は聞かない

 

よくある問いだが、

「恋と愛の違いとは、何か?」

 

 このような問いが生じるということは、本質的に人間は恋と愛の間に差異を感じている、もしくは感じたいということなのだろう。

よく聞く説で漢字の心がある位置(中か下か)で違いを表現することがある。これはきっと若いとよくある事だろう。しかし、実際のところはそうではないと私は思う。

また、

【初恋】

記憶に残っている人生最初の恋

 

上記のように(今回は)シンプルに定義づける。

経験がある人も、まだない人もいるだろう。

初恋という言い方をするのに対して、初愛という言葉を聴いたことがない。存在するのかもしれないが、私の耳に入っていないだけか。

さて、どうして初愛という言葉は存在しないのだろう。

英語では初恋のことを  First Love  と言っている。日本語に直訳すれば初愛だろう。

海外では恋と愛を分ける感覚が日本より緩いのかもしれない。

では恋愛という両方を含んでいる言葉は一体どういったことなのだろう。

つまりは恋愛というものは恋と愛の両方の要素を満たしている場合にのみ使用する事ができるのであって の要素だけ、もしくは の要素だけでは恋愛ではないのかもしれない。

 

皆様はどのように考えるだろうか。

恋 と 愛

一体どのように違っているのだろうか。

(恋心っていうけれど、心が二つもあって重ねられてるね。)

*以下抽象的なイメージの説明が若干挿入

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恋というものは、ある特定の対象に対して自らの心がどうしようもなく惹かれる現象であり愛というものは非常に多義で、恋の要素の一部を内包しているもしくは殆どを内包している為、根本的に分けることが出来ないと私は考える。

純粋な想いを愛であるという人もいるかもしれないが、歪んだ愛や汚れた愛も存在する。それは行為という意味でもそうであり、状況という意味でも。これが分からない人は全く未経験な方かぶりっこさんだ。

 

アガペーという万人への愛という言葉がある通り、愛は恋と違ってその対象が万物に向けられる可能性があり、恋は特定の対象に矢印を向けることだ。

言うなれば凪いだ水面に、波が拡がっていくのように全方向へ向けられるものが愛であり、点と点を繋ぐように向けるものが恋だろう。

 

これが本質的なイメージだと思う。しかし、

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皆が悩むのは人と人の間における想としての愛と恋の違いだ。

 

恋は、胸がどきどきしてワクワクを感じるような炎であって、

愛は対照的に静かで穏やかな陽だまりのようだと感じる。

 

前者は動的であるから自覚が容易であるが、後者は静的なために無自覚になりやすい。その為に初恋という言葉は存在するが初愛という言葉は存在しないのだろう(昨日の夜考えていた事とは少しずれている気がする。しかし昨日の事は忘れてしまった)。

 

久しく、恋していない。

では、愛していたのかと言えば、そう言える出来事は確かにあった。あったと確信している。

 

しかし、それはやはり恋の要素もあったらしい。

それが故に私は失恋した(愛を失ってはいないというところがポイントだ)。

失恋はしたのにも関わらず、私はその人の幸せを、心から願うことが出来る。

恋を失った時に、憎悪を一ミリも抱かなかったといえばそれは嘘になる。

しかし、それを超えた想いが胸の内にある。

 

それを言葉にするのは、あまりに複雑だ。

 

それでも敢えて、言葉にするなら

「愛」なのだろう。

 この想いを、愛と呼ばずになんと言おうか。

 

憧れとも違う。憎悪ではない。憐れみでもない。

 

暖かく、静的な感覚。

 

 あの人の幸せを、祈ることができる。

そうすることで憐れな自分自身を救っているだけなのかもしれない。

そういったことも言われたが、

この想いは俺だけのものだ。

 

誰になんと揶揄されようとも、

 

此の想いは、愛だ

 

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