蜩と約束
梅雨も終盤
少しずつ、夏の終わりが近付いてくる
季節毎に終わりを予感させるものが存在するが、私にとって幼い頃から夏の終わりを予感させるものは、蜩の声だった。
蝉は地上に出てからの生は地中での生と比べて非常に短い。
我々人間が母体から産まれて死ぬまでと比べれば刹那の生だ。
それでも自らの使命を果たすために、僅かの間だが叫び続ける。
油蝉やつくつくぼうしのような蝉は、どちらかというとアグレッシブな鳴き声を聴かせてくれる。夏真っ盛りの声だ。
それに対して、蜩の声はどこか哀愁と優しさが付き纏う
命を燃やすのではなく、削るように鳴く
鋭く、澄んだ叫びだ
蝉の鳴き声の中で一番好きな声であり、終わりを予感させてくれる大切な音楽だ
陽が沈み始めて、橙色から闇に染まる世界に響き渡る命の研音
私の命も研がれているようで、何故だかほっとした
削られることで、汚れた心が少しずつ綺麗になっていくようで、
魂が洗い清められるようで、心が落ち着くのだった
青と橙と白と紫
それぞれが少しずつ混ざり合い、黄昏を彩る
そして蜩のオーケストラ
あぁ、私はあの中で、
何度死んだことだろう
美しい時間の中で
儚い夢をみていたのだろう
人の命も
蜩の祈りの中に霧散すれば
全てが赦される
そんな気がしてならない
陽の光を浴びてから一週間の命
一週間の愛
私の意識は、時の潮流を遡行する
儚い夢を待ち続けて もう八年
重ねた約束は、一歩も前に進まないまま
気付けば一人 暮れなずむ夕陽と凪の中にいた
隣に の影はない