泥の中で夢をみる
「霧の中に散る」より
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どこまで歩いても、終わらない、夜の路。
路傍に咲く紫陽花からは艶やかな香りがして、花弁に付いた水滴には街灯の光が淡く溶けていった。
道路を走っていく車のライトが時々、私達2人を照らした。影はのびると、また夜に吸い込まれるように、消えていった。
ぽつぽつと、空が泣き始めてもなお私達は、傘もささずに歩き続けた。
交わされる言葉は無く、
沈黙は雨音が埋めてくれた。二人の間で交わされるのは、手の温もりだけ。
それでも私は、ただそれだけで世界の構造の一端を知ったのだ。
こんなにも、世界というのもは孤独で冷たい。人の温もりなんて、まばたき一つしてしまえば簡単に消えてしまう。
深い深い海の底で蛍が飛んでいる。一度光ったと思ったら、次の瞬間には消えて海底に堕ちていく。
世界の海の底には、たくさんの蛍達の死体が転がっていた。
静寂。
音を発するものは誰もいない。また、光っては、消え、光っては、消え。その繰り返しを眺めている。これが人の業なのかもしれない。
二人でいるはずなのに、そんな寂寞の世界を知ったのはどうしてだろうか。
きっと、私とあの人は二人でいる時もお互いにどこかの水底で一人、泣いていたのかもしれない。
私はその隔絶された世界にいられなくなり、逃げた。そこまで勁くいられなかったのだ。
私は逃げた、言葉に。
言葉は簡単で鋭く、軽い。
簡単に紡ぐことができ、簡単にまるで泡のようにぱちんっと消えてしまう。
繊細でいて脆いもの。それが言葉だ。
言葉にしない想いは空気のような強いものに触れて劣化する事もない。
つまり不変だ。
しかし、想いがのった言葉は崩壊の美しさを孕んでいる。
形がなくなる寸前に美の臨界点に達するのだ。
そうして儚く散る。文学はだから美しいのだ。
あの人は、私よりも勁かった。私と違って、深海で舞うように生きる方法を知っているようだ。美しい、神の使いのように。そうして海の中で光と共にダンスする姿に魅了された。
私は水底で舞をみていた。夢をみていた。
そうしていつの間にか、私がみていたものが光の残像だったと知るころには、
あの人は既に、私のもとを去っていた。